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この翡翠宮始まって以来じゃあないかという、前代未聞の怪盗騒ぎまで引き起こして手に入れたのは、この王国の長い長い歴史の中、現代に最も間近で地続きな“過去”からの贈り物、秘宝への地図であったらしくって。そうだと判ってからこっち、日頃にも増しての元気りんりん、意気揚々、
「あの地図使って、探検しようぜ!」
まさに…今年の夏の予定のメインに据えてでもいるような言いようをするルフィ王子であるのへと、真逆の反応を示すのが。微妙に難しい場所にあった地図を手に入れ、専門家でもないのに頑張って、その解読をこなした“同志”ウソップだったりする。一緒に頑張ってくれてたはずだってのに、夢は夢のままにしといた方がいいとか、今ひとつ確たる根拠ってもんが怪しいんでどうも眉唾らしいからとか、何だかんだと後ろ向きなファクターを並べた挙句に、
「やっぱ辞めとこうぜ。」
尻込み一直線な言いようばかりを並べるもんだから。ルフィとしてはそろそろ我慢の限界が訪れようとしかかってたり。
「そんな言い方してっけどよ、ホントはアレだろ? 古廟の中って判ったからおっかねぇんだろ?」
古廟というのは、王家の代々の王様やお妃様など、位の高い方々の御霊が祀られている場所、すなわち王家専用の古いお墓のことであり。そんな禁苑へ踏み込むなんて罰があたらないか、しいては怖い怖い未確認ほにゃららと遭遇しやせんかと、尻込みしているウソップなんじゃあないかと。そのっくらいはさすがに、付き合いも長いところから気がついてる王子様。
「別にいんだぜ? 怖いならついて来なくても。」
来ない代わり、サンジやゾロにはバレねぇように、足止めや誤魔化しをしてくれりゃあいんだしよ…などと、王子にしてみりゃこれでも気を遣ってのこと、随分と譲った言いようをしてやっているというに、
「ばばばばば、馬鹿言っちゃあ いけねぇぜ。」
エンジニアとしての腕前は確かだが、それと同じくらいに臆病な彼だってことは、王宮内でももはや誰もが知っている。だっていうのに、そこはやっぱり男の子。こんないい年になって、居もしねぇもんを怖がってどうすると。虚勢を張ってかぐんと胸張り、そんな言いようをするウソップなのへ、
「そうだよなvv」
うんうんと頷いて見せたのは、どこまで信じてのことだったやら。
「どっか他所のもんじゃあなし。
ここの古廟だ、
なんか出たとしたって俺の爺ちゃんや婆ちゃんの幽霊どまり……。」
<b>「だからお前、そういう話すんなってってるんだろうがよ。」</b>
おお、いきなり高飛車なまでの迫力で。お顔とお顔くっつけまでして詰め寄ってどうしますか、ウソップさん。焦るあまりにか、台詞がタグのまんまになっとるぞ? そんな無邪気な坊やでも、一応はこの国の王子様なんだの、あっさり忘れちゃあいませんか?(笑) とどのつまり、
「やっぱ、怖いんじゃねぇか。」
「ううう…。」
王子からの指摘へ、事実なだけに悔しいんだか不甲斐ないんだか。目許潤ませ、石畳の上へうずくまってしまった長鼻のエンジニアさんだったものの、
「そういうお前だって、舟幽霊だけは怖いくせによ。」
「う…っ☆」
いかにも意趣返しっぽく、ぼそりと付け足された一言へ。今度は王子の細っこい肩が見るからにぎゅっと縮こまる。
「何だよ、そんなこと、今 持ち出さなくたっていいだろうよ。」
「何言ってるかな、ウチは海沿いの国なんだぜ? 王様の中には遭難して亡くなった人もいるんじゃねぇの?」
「いねぇよ、そんな人。……多分。」
あんたら仮にも王宮関係者なんだから、そんな曖昧な会話をしないように。(苦笑) そして、
「??」
何だか知らぬが、妙に白熱した会話、メカメリーの陰にてこそこそと交わしている王子とウソップへ。気づいちゃいたが割り込むほどのことでなしと、怪訝そうなお顔をしつつも、視線だけ向けていた護衛官殿。それよか、ほぼ四方へ開けているロータリー広場の、どこから何が飛んで来ようとという注意をこそ満遍なく配っておれば、
「…あんたも大変そうだよな。」
メカメリーから関心が離れたらしい生身の方のメリーちゃんが、きゅうんと懐くのをどうどうといなしつつ、こちらさんも手が空いたらしいフランキーが、ぼそりとした声をかけてくる。何かしら省略された言いようへ、
「何がだ。」
こっちも負けじと思ったか、やっぱり主語のない訊きようを返せば。そこは大人な相手だったか、くすんと小さく微笑って見せて、
「王子だよ、王子。」
どんだけ箱入りなんだか、無邪気が過ぎて危なっかしい。そのくせ、何やら大変なことを企みもするしと続けて、
「企み?」
「まあそれも、無邪気だからこそって種類のもんらしいが…。」
どこまで何を知っておいでなやら。微妙な仄めかしのみという、曖昧な言いようをする彼であり。
「…ところで、舟幽霊ってのは何なんだ?」
「あ?」
あれれ? ホントに何をどこまで知ってるフランキーさんなの?
◇◇◇
それと丁度同じころ、
「舟幽霊が苦手?」
翡翠宮の幹部執務官の皆様が詰めている、そりゃあ明るいフロアにて。どこか内容が重なってるようなことを、こちらでも口に上らせた人があり。
「ああ。
お化けだろうが雷や蛇だろが、怖いものなしなルフィだが、
唯一、それだけは怖がるんだ。」
「だって…たしか舟幽霊ってのも。」
幽霊というくらいで、お化けの一種なんじゃあなかったなと、ひょこり小首を傾げて見せたのは、この王宮内にある医療センターに若い身空で詰めている、海外からの留学生。トニートニー・チョッパーという恰幅のいい青年だ。
「おや、よく知ってたな、チョッパー。」
「まあな。」
ウソップの言いようじゃあないが、海に近い国だもの。どこぞの河だか海だか限定のローレライの伝説みたいなものから、そういう普遍的な妖怪の類いまで、水辺の伝承には事欠かず、色々な話を幼いころから聞いて育つのが普通であったりし。
「それそれ。
王子も国王様から“そりゃあ怖いんだぞぉ”って聞かされたせいで、
唯一それだけを怖がるようになっちゃって。」
くすすと微笑ったナミが、爽やかな透明のグラスカップにそそいだハーブティを差し出しながら、サンジの後をそうと付け足す。
「陛下や皇太子殿下が外遊だ何だでお出掛けが多かったのへ、
まだ幼かったルフィが着いてくって聞かなくてね。」
そんなこと言ったって父ちゃんは仕事で出掛けんだぞ? 調印式だのレセプションだなんだあって構ってやれないし、何より 向こうで大事なお前が誘拐とかされたらどうすんだ…って。そりゃあもう色々並べて、これでもかってさんざん諌めたのに聞き入れないもんだから。最後の手段だと、大したことはないお化けを選んで、いかにも“恐ろしいんだぞ、飛行機での移動でも海の上を行くんだ、襲い掛かってくるかも知れない”なんてな言い方して怖がらせたの。
「あんまり怖くは無さそうな“舟幽霊”を選んだのは、
大きくなったらすぐにも“なぁ〜んだ”って克服するだろって
お思いになったらしいんだけど。」
「……克服しなかった?」
居合わせたサンジやナミのみならず、シャンクス陛下やエース殿下がいたら、やっぱり激しく頷いただろうほどの事実であるらしく。
「お化けだろうが骸骨だろうが、気持ちの悪いエイリアンだろうが、
ホラー映画なんかに出て来そうな要素は、
何が出て来てもまったくもって平気なのに。
存在感もなけりゃあ、船へ水をかけるだけの幽霊が怖いなんてね。」
しかも、具体的な姿は知らないままなのよ? なのに怖いなんてねと、いかにもほほえましいことのように微笑うナミだったけれど。
「…そか。他のお化けは怖がらないルフィなのか。」
こそり、呟いたチョッパーだったのへは、気がつかなかったかもしれない。安堵したような、それでいてどこか感慨深げなお顔をした青年インターンさんに、どんな気欝があるのやら…。
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*ちょこっと随分と間が空きましたね、すいません。
急に暑くなったんで、頭がぼ〜〜ッとしちゃったのと、
携帯サイトの更新で遊びすぎ。(猛省)

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